組織設計 ・ 2026.10.28

担当者が辞めると引き継ぎできない理由と、人に残っている4つのもの

担当者が辞めると引き継ぎできない理由と、人に残っている4つのもの

社員が会社を辞めても、会社に残るべき仕事やお客様・取引先との関係は、会社全体で守り続ける必要があります。しかし、ベテラン社員や特定の人だけが担っていた仕事は、引き継ぎが難しいと感じる社長や管理職の方は少なくないでしょう。

「辞めると言われて引き継ぎの話を始めたら、本人にしか分からないことばかりで困った」「辞めた後も、前の担当者に電話で聞いている」といった経験があるかもしれません。厚生労働省が2026年7月31日に公表した「令和7年度 能力開発基本調査」(常用労働者30人以上の事業所が対象で、大企業の事業所も含みます)によると、技能やノウハウの引き継ぎに問題があるとした事業所は44.2%にのぼります。企業規模別では、企業規模100〜299人の事業所のうち50.8%で、規模別で最も高い割合でした。会社ではなく事業所の割合ですが、引き継ぎに問題を抱える事業所が4割を超えています。

では、辞めた人と一緒に、何が会社から出ていってしまうのでしょうか。

結論:人に残っているのは「やり方」だけではない

社員が辞めるとき、その人に残ってしまいがちなものは、主に次の4つです。

1つ目。仕事のやり方(手順・コツ):日々の業務をどう進めるか、どの順番でやるか、判断に迷ったときの「勘どころ」のようなものです。 2つ目。判断の基準(どこまで自分で決めてよいか):お客様からの相談や取引先とのやり取りで、どこまでなら自分で判断してよいのか、社長や上司に確認すべきなのはどんなときか、という線引きです。 3つ目。アカウント・契約の名義(ログイン・個人名義の契約・個人のメールアドレスで登録したサービス):会社のシステムやクラウドサービス、取引先との契約などが、個人のメールアドレスで登録されていたり、個人の名義になっていたりすることです。 4つ目。取引先との関係(「◯◯さんだから頼んでいた」):長年の付き合いの中で、お客様や取引先が特定の社員に深い信頼を寄せている状態です。「◯◯さんにお願いしたい」という指名で仕事が来ることもあります。

これらのものが個人に残っていると、社員が辞めたときに、会社にとっては以下のような問題が起こることがあります。

  • やり方:手順は分かっても、その手順で「正しくできたか」を確かめる方法が分からないため、不安が残ってしまいます。
  • 判断の基準:判断に迷うたびに、新しい担当者が辞めた人や社長に聞くことになり、業務が滞りがちです。
  • アカウント・名義:ログインできなくなり、サービスが使えなくなったり、契約の変更・解約ができなくなったりすることがあります。
  • 取引先との関係:担当が替わったとたん、お客様や取引先が会社から離れてしまうことがあります。
辞めたとき、何がどう止まるか 1 仕事のやり方 手順は分かっても、合っているか分からない 2 判断の基準 迷うたびに、辞めた人や社長に聞く 3 アカウント・名義 入れない・変えられない 4 取引先との関係 担当が替わると、離れることがある 止まり方が違うので、会社に移す方向もそれぞれ違う

これらを会社に移していくためには、それぞれ異なる方向性が考えられます。

人に残っているもの 会社に移す方向
仕事のやり方 手順に「確かめ方」まで書く
判断の基準 基準を言葉にして渡す
アカウント・契約の名義 会社や役割(例:経理・営業)のアカウントに寄せる
取引先との関係 辞める前から2人目を関係に入れる

特に「判断の基準」は、目に見えにくく、引き継ぎが難しいと感じる社長や管理職の方もいるかもしれません。新しい担当者は、自分で判断するときの基準が不明確なため、「念のため」と、何でも社長や管理職の方に確認するようになることがあります。その結果、社長の元に判断が戻ってきてしまい、なかなか仕事を任せきれないという状態になりやすいものです。

判断の基準の渡し方は、社長に判断が戻ってくる理由と、任せる前に数えることで扱っています。

このような「属人化(仕事や信頼が特定の人についている状態)」そのものは、決して悪いことばかりではありません。お客様や取引先から「◯◯さんでなければ」と頼られる社員がいるのは、会社の大きな強みです。問題は、その信頼や知識が会社のほかの人へ移っていく道がないことにあるのです。

会社に残っていないサインは、社長には見えにくい

会社の仕事が特定の人に残り続けているかどうかは、社長や管理職の方から見えにくいことがあります。

辞めた人に、まだ電話で聞いているなら

退職後も前任者に電話やチャットで業務内容を尋ねている、あるいは取引先から「前の担当の方はどうしていましたか?」と尋ねられるなら、それは仕事が会社に残っていないサインだと言えます。

退職した社員が、しばらくの間、後任からの問い合わせに対応する体制を決めておくこと自体は、悪いことではありません。しかし、それが何か月も続き、常に辞めた人に連絡を取っている状態だとすれば、会社として仕事を引き継ぎきれていないサインです。辞めた人に頻繁に連絡を取ることは、その人の新しい職場での負担にもなりかねません。

株式会社フィンテックスが行った民間の調査「マニュアル作成実態調査2026」(2026年9月1日公表)によると、勤め先に業務マニュアルや手順書がある会社員・経営者・役員800名(大企業も含む)のうち、マニュアルがあっても「知っている人に直接聞いた方が早い」と思うことがある人は79.9%でした(「常にそう思う」「そう思うことが多い」「時々そう思う」の合計)。人に直接聞くのは、自然な行動です。だからこそ、その「聞く相手」が辞めた人のままになっている状態が問題になるのです。

社長には「回っている」と見えやすい

「うちの会社は大丈夫」「社長が聞く限りは問題なく回っている」と感じる社長や管理職の方もいるかもしれません。しかし、現場では問題が起きているにもかかわらず、社長には見えにくい状態であることがあります。

先の「マニュアル作成実態調査2026」では、従業員300人以下の会社に勤める人のうち、「マニュアル運用の問題は特に起きていない」と答えた割合は、役員以上で51.4%、課長以下で23.5%でした。役員以上と課長以下で、見え方が2倍以上違ったことになります。

なぜ、このような認識のずれが生まれるのでしょうか。現場で起きる困りごとは、その場で吸収されてしまうことがあります。たとえば、ベテラン社員が代わりに解決したり、誰かに聞けば済むからと、問題として社長や管理職の方まで報告が上がってこなかったりするのです。そのため、普段は「問題なく回っている」ように見えていても、いざその人が辞めるときになって初めて、仕事が会社に残っていないという問題が明らかになることがあります。

困りごとが、社長まで上がってこない仕組み 1 現場で困りごとが起きる 手順が分からない・合っているか分からない 2 その場で吸収される ベテランが代わりにやる・聞けば済む 3 社長には「回っている」と見える 困りごととして報告が上がってこない 4 辞めたときに、初めて見える 聞く相手がいなくなって止まる ふだんは見えないので、辞めると言われてから慌てることになる

手順書は「正しくできたかを確かめる方法」まで書く

仕事のやり方や手順を会社に残すために、手順書やマニュアルを作ることは有効な手段の一つです。しかし、せっかく手順書を作っても「うちの会社では、誰も使ってくれない」と感じる社長や管理職の方もいるかもしれません。手順書が使われない理由の一つに、「書いてある通りにやったけれど、これで本当に合っているのか分からない」という不安が残ってしまうことがあります。そのため、結局は前任者や詳しい人に直接聞くことになってしまうのです。

手順書には、ただ手順だけでなく、「正しくできたかを確かめる方法」まで具体的に書き入れると、新しい担当者は安心して業務を進めやすくなります。

たとえば、次のようなことです。

  • 月末の経費精算:入力した件数や合計金額が、元の領収書の合計と合うか。
  • 取引先への見積書作成:取引先に出す前に、誰に内容を確認してもらうか。
  • 日々の報告書作成:いつまでに、どのシステムに登録し、誰に報告すれば完了と見なされるか。

このように「確かめ方」を明記することで、新しい担当者は「ここまでやれば正しい」と自信を持って業務を進めることができるようになります。

「2026年版 中小企業白書」(2026年4月24日閣議決定)には、OJT(仕事をしながら教えること)に取り組む中小企業7,057社に、その効果を高めた取り組みを聞いた結果が載っています(元データは帝国データバンクの調査・複数回答)。それによると、「必要なスキルの明確化」を挙げた会社が49.3%、「担当業務の明確化」が42.0%、「業務マニュアルの作成」が24.9%でした。これはOJTの効果を高めるための取り組みであり、退職時の引き継ぎについて聞いたものではありません。このデータから言えるのは、仕事を教える場面では、手順を書くことに加えて、何ができればよいかをはっきりさせることを挙げた会社が多かった、ということです。引き継ぎでも同じように考えられます。手順書に「確かめ方」まで書き入れることは、新しい担当者が「何ができればよいか」を明確にすることにあたるでしょう。

アカウントと取引先との関係は、手順書だけでは移らない

仕事のやり方や判断の基準は手順書に書くことができますが、アカウントや契約の名義、そして取引先との関係は、手順書だけでは会社に移しきれません。

アカウント・契約の名義

個人のメールアドレスでクラウドサービスを登録していたり、個人名義で取引先と契約していたり、本人しかログインできない端末で会社のシステムを使っていたりすることがあります。このような場合、その社員が辞めてしまうと、会社側でログインできなくなったり、契約内容を確認・変更できなくなったりすることがあります。

この問題を解決するためには、会社として利用するサービスや契約は、会社名義や役割ごとのアカウント(例:経理用アカウント、営業部アカウント)に寄せていくことです。個人名義で締結している契約がある場合は、その手続きを契約先に確認し、会社名義に変更できるか、あるいは会社としての管理のしかたを決めておくことが重要になります。

取引先との関係

長年培われたお客様や取引先との信頼関係は、手順書に書き記すことはできません。「◯◯さんだから相談できる」「◯◯さんだから任せたい」という、特定の人への信頼は、その人がいなくなると会社から離れてしまうことがあります。

このような関係性を会社に残すためには、特定の社員が辞めると決まってからではなく、普段から複数の社員で関係を築いておくことが大切です。たとえば、打ち合わせや連絡に2人目の社員も同席・参加させる、お客様や取引先との窓口を複数にする、といった工夫が考えられます。担当が替わるときは、前任者と後任者が一緒に挨拶に伺い、スムーズに引き継がれていることを示すことも、お客様や取引先の安心につながるでしょう。

今日できること:「1週間休んだら止まる仕事」を1人分だけ書き出す

ここまで、人に残りがちな4つのものと、それぞれの対策についてご紹介しました。しかし、一度にすべてを解決しようとすると、どこから手をつけてよいか分からず、結局何も進まないという結果になりかねません。

まずは、会社にとって「この人が辞めたら最も困る」という社員を1人だけ選んでみてください。そして、その人がもし1週間休んだら、どんな仕事が止まってしまうかを具体的に書き出してみましょう。そして、それぞれの仕事について「その人にしか分からない・できない」部分に◯をつけていきます。

今日できる書き出し 1 1人選ぶ 辞められたら いちばん困る人 2 止まる仕事を書く 1週間休んだら 止まる仕事 3 4つに◯をつける その人にしか 分からないもの 4 ◯が多い仕事から 全部を一度に やろうとしない ◯が多い仕事から、会社に移していく
止まる仕事 やり方 判断の基準 アカウント・名義 取引先との関係
月末の請求書の発行 ◯ ◯ ◯ ー

このように書き出した表を見て、◯が多い仕事から、会社に移すための対策を立てていきます。たとえば、上記の例であれば「月末の請求書の発行」は、やり方・判断の基準・アカウントや名義の3つに◯がついているので、先に手をつける候補になります。

全部の仕事を一度に移そうとせず、まずは1つか2つの「◯が多い仕事」に絞って、小さくても具体的な一歩を踏み出すことが重要です。どの仕事から、どう移していくのが自社にとって最も効果的かは、会社ごとに違います。

人に残っている仕事を、どこから会社に移すかを自社だけで決めきれないときは、お問い合わせからご相談ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. マニュアルを作っても、使われないのではありませんか?

A1. 人は、分からないことがあれば人に聞くのが自然なことです。マニュアルを作っても使われない場合、それはマニュアルに「これで合っているか」を確かめる方法が書かれていないためかもしれません。マニュアルを読むだけで正しくできたと確信が持てるように、「確かめ方」まで具体的に書き込むことで、使われやすくなります。

Q2. 辞めると言われてからでも間に合いますか?

A2. 引き継ぎの内容によって、間に合うかどうかが変わってきます。仕事のやり方や社内のシステムアカウントなど、社内で完結するものは退職までに移しやすいものです。しかし、名義が個人の契約や、取引先との関係など、外部の手続きや相手方の理解が必要なものは、時間がかかることがあります。

Q3. ベテランが仕事を手放したがらない場合はどうすればいいですか?

A3. ベテラン社員が仕事を手放したがらないのは、「教えることで自分の居場所がなくなるのでは」と感じていることがあるためかもしれません。決して本人を責めるのではなく、仕事を教えること自体も重要な仕事の一つとして認めることが大切です。

Q4. 判断が必要な仕事は、どう引き継げばいいですか?

A4. 判断が必要な仕事は、その判断の「基準」を言葉にして渡すことが重要です。どのような状況で、何を基準に、どこまでなら自分で判断してよいのかを明確にすることで、新しい担当者は自信を持って業務に取り組めるようになります。

社長に判断が戻ってくる理由と、任せる前に数えることで詳しく扱っています。

参考(一次情報)

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