組織設計 ・ 2026.10.28

昇給の理由を社員に説明できないとき、先に分けて考えること

昇給の理由を社員に説明できないとき、先に分けて考えること

昇給の時期が近づいてきました。今年も社員一人ひとりの給料を決めなければいけないけれど、「なぜこの額なのか」と社員に聞かれたら、根拠をもって答えられるだろうか、と頭を悩ませている社長や管理職の方もいるのではないでしょうか。社員への昇給の説明は、社員が「次に何をすれば、自分の給料が上がるのか」を理解するためにあります。社員に会社の成長への参加を促し、頑張りへとつなげる大切な機会です。

厚生労働省が2026年10月21日に公表した調査によると、従業員100人以上の企業のうち、1人あたりの平均賃金を引き上げた、または引き上げる予定の企業は92.0%に上ります。ほとんどの会社が給料を上げています。では、その上げた理由を、社員一人ひとりに言えますか。

結論:昇給は「会社全体の分」と「評価の分」の2段に分けて考える

昇給の理由を社員にきちんと説明できるようになるには、まず昇給を2つの段に分けて考えることから始めると良いでしょう。

1段目は、「会社全体としていくら上げるか」です。これは、会社の業績、世の中の物価の動き、国が定めた最低賃金の基準、あるいは良い人材を確保したり、今いる社員に長く働いてもらったりするためなど、本人の働きぶりとは別の物差しで決まる部分です。

2段目は、その上で「一人ひとりの社員にどう差をつけるか」です。これは、日頃の仕事の成果や、会社への貢献度、今後の成長への期待といった、個人の評価で決まる部分です。

昇給を2段に分けて考える 1 会社全体の分 会社全体として、いくら上げるか(本人の働きぶりとは別の物差しで決まる) 業績 物価 最低賃金 人を守るため 2 評価の分 その中で、一人ひとりにどう差をつけるか(評価で決まる) 本人の昇給額 伝えるときも「会社として上げた分」と「あなたの評価で決まった分」を分けて言う

このように昇給を2つの段に分けて考えると、社員に昇給の理由を説明しやすくなります。すべての会社がこの2段で昇給を決めているわけではありませんが、分けて考えることで、なぜ給料が上がるのかを明確に伝えられるようになります。

今年の昇給は、評価より先に「会社の事情」で動いた

多くの会社で、今年の昇給は、個人の評価よりも先に「会社の事情」で動いた、という側面が強いのではないでしょうか。

厚生労働省が2026年10月21日に公表した「令和8年 賃金引上げ等の実態に関する調査」では、従業員100人以上の企業(1,862社が回答)のうち、賃金を改定し額も決まっている企業が、1人あたりの平均賃金の改定額を決める際に最も重視した要素として「企業の業績」が46.0%で最も多く挙げられました。次いで「労働力の確保・定着」が12.1%、「雇用の維持」が9.2%、「最低賃金」が5.3%となっています。この設問は会社全体の1人平均賃金の上げ幅をどう決めたかを聞いたもので、選択肢に「本人の評価」は含まれていません。この調査は従業員100人以上の企業が対象であり、従業員30〜99人の会社は含まれていませんが、世の中の動向として参考になるでしょう。

賃金の改定額を決めるときに、最も重視したこと 従業員100人以上の企業のうち、賃金を改定し額も決まっている企業/2026年7〜8月調査 会社全体の上げ幅を聞いた質問で、選択肢に「本人の評価」は入っていない 企業の業績 46.0% 労働力の確保・定着 12.1% 雇用の維持 9.2% 親会社・関連会社の改定の動向 6.0% 世間相場 5.5% 最低賃金 5.3% 消費者物価の動向 3.9% 重視した要素はない 6.7% その他・不詳 5.1% その他・不詳=労使関係の安定1.5/前年度の改定実績0.7/行政からの支援0.2/ 専門家からの助言0.0/その他の要素0.2/不詳2.5。合計は四捨五入のため100%になりません。 出典:厚生労働省「令和8年 賃金引上げ等の実態に関する調査」(2026年10月21日公表)第7表

また、日本商工会議所と東京商工会議所が2026年6月8日に公表した調査では、中小企業2,260社のうち71.3%が2026年度に賃上げを実施した、または予定していると回答しました。そのうち60.9%は「防衛的な賃上げ」、つまり業績の改善が見られないが賃上げを実施・予定していると答えています。

さらに、厚生労働省が2026年9月3日に答申を公表した2026年度の最低賃金は、全国加重平均で1,177円となり、前年度から56円(5.0%)の引上げとなりました。これは2026年10月1日から12月2日にかけて、都道府県ごとに順次適用されます。

このように、会社全体の上げ幅は、社員一人ひとりの働きぶりや成果とは別の物差しで決まることが多くあります。それ自体は、会社の経営判断として当然のことで、悪いことではありません。しかし、困るのは、こうした会社全体の上げ幅まで含めて「個人の評価の結果」に見えてしまうことです。

数字で見る、2026年の昇給

指標 数値 調べた相手 出典(公表日)
1人平均賃金を引き上げた・引き上げる企業 92.0% 従業員100人以上の企業(1,862社) 厚生労働省(2026年10月21日)
1人平均賃金の改定率 4.4%(13,926円) 同上 同上
同じく100〜299人の企業 3.9%(11,279円) 従業員100〜299人の企業 同上
改定額を決めるときに最も重視した要素 企業の業績46.0%/労働力の確保・定着12.1%/雇用の維持9.2%/最低賃金5.3% 賃金を改定し、額も決まっている企業 同上
賃上げを実施・予定 71.3% 中小企業(2,260社) 日本商工会議所・東京商工会議所(2026年6月8日)
そのうち防衛的な賃上げ 60.9% 賃上げを実施・予定する企業 同上
最低賃金(全国加重平均) 1,177円(前年度から56円・5.0%の引上げ) 全国 厚生労働省(2026年9月3日答申)
最低賃金を下回る社員がいたため賃金を引き上げた(2025年度) 45.1% 中小企業(3,780社) 日本商工会議所(2026年3月17日)

2つが混ざると、説明できなくなる3つの場面

「会社全体として上げた分」と「個人の評価で決まった分」が混ざってしまうと、社長や管理職の方は説明に詰まりやすくなります。それぞれの場面で社員がどう受け止めやすいかを見ていきましょう。

場面 社員の受け止め 分けて伝えると
全員が上がった年 頑張りが評価されていないと感じやすい 評価の差が見える
最低賃金で下が上がった年 長く勤めた分が見えにくいと感じやすい 差が縮んだ理由が分かる
業績が上がっていない年に上げた 来年も同じだけ上がると思いやすい 今年だけの理由が分かる
  • 場面1 全員が上がった年 会社の事情で全員の給料が上がると、個人の評価による昇給の差が見えにくくなります。このとき、特に頑張った社員ほど「自分の頑張りが正しく評価されていない」と感じやすいでしょう。逆に、会社全体で上がった分まで「自分が評価されたから」と受け取る社員も出やすくなります。

  • 場面2 最低賃金で下が上がった年 日本商工会議所が2026年3月17日に公表した「中小企業における最低賃金の影響に関する調査」によると、昨年度(2025年度)の最低賃金の引上げでも、最低賃金を下回る社員がいたため賃金を引き上げた企業が45.1%ありました。そう答えた企業のうち、引き上げた相手に正社員が含まれていた企業は32.4%に上ります(前年の調査では27.2%)。今年度は、さらに56円上がります。給料の下位層が上がると、上位層との給料の差が縮みやすく、長く勤めている社員ほどその理由を聞きたくなります。

  • 場面3 業績が上がっていない年に上げた 会社全体の業績が芳しくない中でも、社員を守るために昇給を決定することがあります。このとき、「来年も同じだけ上がる」と受け取られると、翌年の昇給額で説明に困ることが起きやすくなります。社員を不安にさせたくないという会社の気持ちが、翌年の説明を難しくしてしまう場合があるのです。

これらの社員の受け止め方は、決して責められるべきものではなく、自然な気持ちから来るものです。だからこそ、会社として昇給の根拠を明確に伝える必要があります。

評価制度があっても、説明できるとは限らない

「うちは人事評価制度を導入しているから大丈夫」と考えている社長や管理職の方もいるかもしれません。しかし、評価制度を導入していても、それが昇給の理由をきちんと説明できるとは限りません。

株式会社日本経営が2026年5月15日に公表した「中小企業の人事評価制度に関する実態調査」(民間企業の調査で、人事評価制度を導入済みの従業員50〜299名の会社の経営者106名が2026年2月に回答)によると、自社の評価制度が「完全に機能している」と答えた経営者は18.9%にとどまりました。また、評価の運用の課題を聞いた質問(複数回答)で最も多かったのは「評価者による評価のばらつき」で63.8%でした。

評価する人によって判断がばらつき、評価の基準が社長の頭の中にしかない、といった状況では、「個人の評価で決まった分」もやはりきちんと説明することはできません。

中小企業庁の「2026年版 中小企業白書・小規模企業白書」の概要(2026年4月24日閣議決定・もとのデータは帝国データバンクの調査)では、2019年以降に採用した社員が「3割未満」しか残っていない会社の割合は、人事評価制度を設けている会社で11.3%、設けていない会社で17.1%という数字が出ています。制度があれば人が辞めなくなる、とまでは言えませんが、だから評価制度は要らない、ということでもありません。

大切なのは、「評価の基準(何を見て、どう判断するか)」と「賃金の決め方(どの幅で、どの刻みで上げるか)」は別のものとして区別して考えることです。この2つをごちゃ混ぜにせず、それぞれ明確にすることが、昇給の理由を説明するための土台となります。

今年の昇給を、分けて伝えるための5つの確認

制度を作り直すのは時間も手間もかかります。まずは今年の昇給から、「会社全体の分」と「個人の評価の分」を分けて伝えられるよう、次の5つの確認から始めてみましょう。

1. 会社全体でいくら上げるかと、その理由を1文にする

「会社の業績が改善したため」「物価が上がったため」「最低賃金が引き上げられたため」「社員に長く働き続けてもらうため」など、会社全体で昇給を決めた理由を明確にし、昇給額とともに1文にまとめましょう。また、その理由の中に、今後、会社の利益がどうなっていく見通しか、簡単にでも含めて伝えると、社員も安心しやすくなります。

2. 一人ひとりに差をつける部分があるかを決める

今年は、個人の評価に応じて昇給額に差をつけるのか、それとも会社全体の一律の昇給だけにするのか、あらかじめ決めておきましょう。もし差をつけない年であれば「今年は会社全体での昇給のみで、個別の評価による昇給はありません」と、そのとおり伝えることが大切です。

3. 最低賃金で上がった人と、上との差が縮んだ人を確かめる

誰が最低賃金の影響で給料が上がったのか、それによって長く勤めている社員との給料の差がどれくらい縮まったのかを、社員全員の一覧表にして確認しましょう。最低賃金を下回る人がいないかの確認は、法律で求められていることです。

4. 「会社として上げた分」と「あなたの評価で決まった分」を分けて伝える

社員一人ひとりに昇給を伝える際には、会社全体で上げた分と、あなたの評価で決まった分を分けて伝えましょう。評価で決まった分については、「今回の評価では、特に〇〇の点が良く、今後の△△に期待してこの金額になった」といったように、何を見てそう判断したかを具体的に1つ添えてください。そうすることで、社員は「次に何をすれば、自分の給料が上がるのか」が分かります。

5. 説明に詰まった所を書き留め、来年までに直すのはどちらかを決める

実際に社員に説明してみて、「ここが伝えにくかった」「もっと具体的に話せたら良かった」と感じた部分を記録しておきましょう。そして、それは「評価の基準(何を見て、どう判断するか)」が不明確だったからなのか、それとも「賃金の決め方(どの幅で、どの刻みで上げるか)」が不明確だったからなのかを判断し、来年までに改善するべき点を見極めます。

ただし、いくつかの注意点があります。 説明をきちんとしても、全員がすぐに納得するわけではありません。説明は、社員が納得するための土台となるものです。また、数字だけで評価すると、人を育てることや、まわりへの協力といった目に見えにくい部分が評価されにくくなることがあります。そして、評価や賃金の決め方を変えて給料が下がる社員が出る場合は、就業規則にかかわるため、社会保険労務士に必ず確認するようにしてください。

評価と昇給の根拠づくりを、どこから始めるか自社だけで決めきれないときは、お問い合わせからご相談ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. 業績が悪く、今年は昇給できません。どう伝えればいいですか?

会社の業績が悪いため、会社全体としての昇給ができない理由を伝えます。その上で、個人の評価による昇給をどう扱うか(例えば、評価はするが昇給額はゼロ、など)を分けて説明することが大切です。

Q2. 全員同じ額で上げれば、不公平だと言われずに済みますか?

会社全体として一律に上げた分は「会社として上げた分」と伝えれば、説明として成り立ちます。しかし、評価による差がまったくなく、全員一律の昇給が何年も続くと、頑張って成果を出した社員に何も返せなくなり、不公平だと感じられる可能性が高まります。

Q3. 評価制度を作り直したほうがいいですか?

まず、今年の昇給で「会社全体で上げた分」と「個人の評価で決まった分」を分けて社員に伝えてみましょう。その際に説明に詰まった箇所を記録しておき、その内容を見てから、評価制度全体を見直すかどうかを検討するのが良いでしょう。

Q4. 最低賃金が上がり、新人と長く勤めている社員の差が縮みました。どうすればいいですか?

まず、今年の昇給で誰と誰の給料の差が縮んだのかを正確に把握しましょう。その上で、会社全体で上がった分としてその理由を説明します。縮まった差を今後どうしていくかは、会社の賃金の決め方に関わることであり、会社の状況や方針によって答えが異なります。

Q5. 昇給の決め方は、誰に相談すればいいですか?

昇給の決め方には複数の側面があります。就業規則や法律に関わる部分は社会保険労務士に、昇給に回せるお金の見通しについては税理士や顧問会計士に相談できます。また、評価と昇給の決め方を社内で継続的に運用していくための組織づくりについては、組織づくりを支援する専門家が助けになるでしょう。

参考(一次情報)

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