AI導入 ・ 2026.10.28
AI研修をしたのに使われない理由と、やり直す前の順番

先に結論をお伝えします。
AI研修を実施したにもかかわらず従業員がAIを使わないのは、研修の内容や個人のやる気だけが原因ではありません。むしろ、会社として「どの仕事にAIを使ってよいか」「どこまでの情報をAIに入れてよいか」「誰がAIの利用を決め、生成されたものを誰が確かめるか」といった基本的な枠組みが決まっていないことが、利用が進まない大きな理由です。次の研修の費用を検討する前に、いま従業員がどのようにAIを使っているのかを把握するところから始め、利用の枠組みを決めていくのが、着実にAI活用を進めるための近道です。
全従業員にAI研修を受けさせてから1〜3か月が経過し、一部の従業員しかAIを使っていないという状況に、社長は「研修までやったのに、なぜ使わないのか」と感じていらっしゃるかもしれません。研修費用やAIツールの導入費用が無駄になっているのではないかという焦りもあることでしょう。次に何をすべきか、研修をやり直すべきか、それとも別のツールを導入すべきか、迷いが生じるのは当然です。
しかし、そもそも皆さんの会社は「何のためにAIを使うのか」という目的を明確にしていますか? 東京商工会議所が2026年3月〜4月に実施した調査では、主に東京23区の中小企業において、83.9%が生成AIを使っていると回答しています。その中で最も多い使われ方は「個人レベルで活用」で、40.3%にものぼります。AIは使われていないのではありません。会社が決めていない場所で、個人が使っているのです。
先に結論:使われない原因は「研修」より「決めていないこと」にある
AI研修後に従業員がAIを使わない主な原因は、研修そのものよりも、会社が「決めていない」ことにあります。具体的には、次の3つの点が明確になっていないことが、AIの定着を妨げていると考えられます。
- どの仕事でAIを使ってよいか:AIの導入目標と、具体的な業務への適用範囲が不明確であるため、従業員は安心してAIを活用できません。
- どこまでの情報をAIに入れてよいか:機密情報や個人情報の扱いのルールがないため、情報漏えいのリスクを懸念し、従業員はAIの使用をためらいます。
- 誰がAIの利用を決め、出てきたものを誰が確かめるか:責任の所在や最終確認の手順がはっきりしないため、従業員はAIの活用に踏み切れないでいます。
AIは使われていないのではなく、「個人で」使われている
東京商工会議所の調査では、生成AIを使っている主に東京23区の中小企業において、「個人レベルで活用」が最も多く40.3%を占めています。一方で、同調査で社内の指針を「策定している」と回答した企業はわずか7.7%(主に東京23区の中小企業が対象)でした。会社としてのルールが決まらないまま、個人の判断で使われている会社が多いことがうかがえます。
また、総務省の情報通信白書における企業調査(2026年1〜2月実施)では、中小企業の29.1%が「全社的な指針やガイドラインを整備している」と回答しています。こちらは東京商工会議所の調査よりも高い数字ですが、調べた相手や調査対象の範囲によって、AI活用の実態に関する数字は大きく異なることが分かります。同白書では、中小企業の45.6%が「組織的な取り組みはない」と回答しており、これは大企業の18.1%と比較しても高い割合です。
会社が正式に認めていないAIを従業員が個人で使うことは、シャドーAIと呼ばれます。研修を受けた従業員の一部だけがAIを使うという状態は、このように個人任せのまま研修を足したときに起きやすいのです。
数字で見る、中小企業のAIの使われ方(2026年)
| 指標 | 数値 | 出典(調べた相手・時期) |
|---|---|---|
| 生成AIを使っている | 83.9% | 東京商工会議所:主に東京23区の中小企業・回答959社・2026年3〜4月 |
| 使われ方の内訳 | 全社的に導入・活用17.8%/特定の部門で導入・活用17.4%/特定の部門で試験的に導入・活用8.4%/個人レベルで活用40.3% | 東京商工会議所:主に東京23区の中小企業・回答959社・2026年3〜4月 |
| 社内の指針を策定している | 7.7% | 東京商工会議所:主に東京23区の中小企業・回答960社・2026年3〜4月 |
| 無料版を使っている | 86.8%(無料版だけは43.2%) | 東京商工会議所:生成AIを使っている中小企業797社・2026年3〜4月 |
| 組織的な取り組みはない | 中小企業45.6%/大企業18.1% | 総務省 情報通信白書:従業員10人以上の企業の管理職以上・日本515社・2026年1〜2月 |
| 全社的な指針やガイドラインを整備 | 中小企業29.1%/大企業44.9% | 総務省 情報通信白書:従業員10人以上の企業の管理職以上・日本515社・2026年1〜2月 |
| 業務で生成AIを活用している | 21〜50人34.3%/51〜100人36.7%/101〜300人44.4% | 帝国データバンク:全国の企業10,312社・2026年3月 |
研修が悪いわけではない。研修は「分かる」をつくる場
研修のあとでAIが使われないからといって、研修そのものが悪かったわけではありません。研修は、AIの基本的な知識や操作方法を理解し、「分かる」状態を作るための大切なステップです。
ただし、全員に同じ内容の研修を実施し、自社の仕事の具体的な例を使った実践的な演習が少なかった場合は、研修の中身も原因になりえます。従業員が「自分の仕事にどう役立つのか」を具体的にイメージできないと、研修で得た知識は活用されにくいでしょう。
研修はあくまで「分かる」をつくる場であり、「使われる」かどうかは、研修のあとに会社がどのような枠組みを決めるかで決まります。
帝国データバンクは、2026年5月の報告書で次のように分析しています。
「生成AIの課題は、単なるコストや機能不足だけでなく、社内のルール、教育、責任分界の設計にあるとみられる」
現場が止まる「決めていない」3つ
| 決めていないこと | 現場で起きること | 最初に決めること |
|---|---|---|
| どの仕事で使ってよいか | どこから手を付けてよいか分からない | 使う仕事を1つ |
| どこまでの情報を入れてよいか | 重要な情報を入れられず、軽い使い方に | 入れてよい情報の範囲 |
| 誰が決め、誰が確かめるか | 責任を負いたくなく、利用をためらう | 決める人と確かめ方 |
1つ目:どの仕事で使ってよいか
従業員がAIを使う際、まず「どの業務にAIを適用できるのか」という疑問に直面します。この指針がないと、従業員はAIを試すことに躊躇したり、効果の薄い業務に使って時間を浪費したりする可能性があります。
帝国データバンクの調査(2026年3月・全国の企業10,312社が回答)では、生成AIの懸念・課題として、中小企業の39.5%が「生成AIを活用すべき業務の範囲」を挙げています。
AIを使う仕事を決めることは、同時にAIに向かない仕事を明確にし、無駄な試みを減らすことでもあります。最初から全従業員にすべての仕事でAIを使わせることを目標にする必要はありません。まずは特定の仕事を選び、そこで効果を出すことに集中することが大切です。
2つ目:どこまでの情報を入れてよいか
禁止することだけを羅列したルールでは、「どこまでなら使ってよいのか」が分からず、会社として認めたAIの使い方が広がりません。従業員が安心してAIを使えるようになるためには、具体的な「許可範囲」を示すことが重要です。
東京商工会議所の調査では、生成AIを使っている中小企業797社のうち、無料版を使っている会社は86.8%に上り、さらに無料版だけを使っている会社は43.2%にも達します。無料版では、入力した内容の扱いがサービスごとの設定に左右され、会社として管理しにくくなります。そのため大事な情報は入れにくく、軽い使い方に留まりやすくなります。守りのルールには、情報漏えいリスクを管理するため、「会社としてAIを使う環境をそろえる」という視点も含まれるべきです。
同じ帝国データバンクの調査では、中小企業の32.1%が「情報漏洩のリスク」を生成AIの懸念・課題として挙げています。
3つ目:誰が決め、出てきたものを誰が確かめるか
AIが出力した情報の正確性や適切さについて、最終的な責任の所在が不明確だと、従業員はAIの活用に踏み切れません。
帝国データバンクの調査では、中小企業の25.1%が「トラブル時の責任所在などのルール整備」を生成AIの懸念・課題としています。
AIの利用を決める人は、会社の規模を問わず社長が名指しすることが重要です。これにより、AI活用に対する会社の意思が明確になり、従業員も安心して業務に組み込むことができます。また、「確かめる」とは、AIが出力した情報を人が最終的に確認し、判断してから使うことを指します。
次の研修を買う前に決める順番
0. いま誰が、何に、どのAIを使っているかを聞く
AI活用の第一歩は、現状を正確に把握することです。従業員の皆さんに、いま誰が、どのような業務に、どのAIツール(無料版・有料版問わず)を使っているかを聞いてみましょう。これは、AIを使っている人を叱るためではありません。実態を知り、今後のルール作りの土台とするための情報収集です。
総務省・経済産業省が2026年3月31日に公表した「AI事業者ガイドライン活用の手引き(案)」では、AIを安全に使うための体制づくりの準備事項の1つ目に、「組織内のAI開発・提供・利用の状況を把握する仕組み」を挙げており、申請制度や定期的なアンケート・聞き取りを通じて情報を集めることを推奨しています。
1. 何のためにAIを使うかを決め、それに合う仕事を1つ選ぶ
冒頭で問いかけた「何のためにAIを使うのか」を、ここで具体的にします。AIを導入する目的を、会社のどの利益に効かせたいのか明確にしましょう。「コスト削減」「生産性向上」「お客様満足度向上」など、具体的な目的を定めます。
その目的に合致する業務の中から、まずはAIを適用する仕事を1つ選びます。
2. その仕事で、どこまでの情報を入れてよいかを決め、使う環境をそろえる
選んだ仕事において、AIに入れてよい情報と、入れてはいけない情報の範囲を明確に定めます。個人情報や機密情報、営業秘密など、会社にとって重要な情報の取り扱いについて具体的なルールを作成しましょう。
加えて、会社としてAIを使う環境をそろえます。会社として契約し、入力した内容がどう扱われるかを確かめた環境を用意すれば、従業員はどこまで使ってよいかを迷わずに済みます。
3. 決める人を社長が名指しし、確かめ方を決める
AIの利用に関する最終的な決定者と、生成された情報の確認方法を明確にします。決める人は、会社の規模を問わず社長が直接名指しします。そうすれば、迷ったときに誰に聞けばよいかがはっきりします。
確かめ方は、次の2つを設定します。
- AIが出力したものを誰が見てから使うか:AIはあくまで補助であり、最終的な判断は人が行うという原則を徹底します。
- その仕事にかかる時間が減ったか:AI導入の効果を測る具体的な指標として、業務時間の削減を確認します。
さらに、業務時間が減った場合、その減った時間を何に回すかまで決めることが重要です。例えば、別の重要な業務に充てる、新しいスキルの習得に使うなど、削減された時間を会社の利益に繋がる活動に振り向けることで、人件費が下がる、または同じ人数のまま一人が担える役割を広げられるといった、具体的な利益への効き方が見えてきます。
総務省の情報通信白書では、組織的な取り組みがある会社に戦略や方針の状況を聞くと、中小企業で最も多いのは「経営幹部から各部署に対して実施事項や達成目標が提示されている」でした。同白書は、「中小企業におけるAI活用については、トップダウンの関与がキーポイントとなっていることがうかがえる」とまとめています。
4. そのうえで、必要なら研修を自社の仕事に合わせて組み直す
上記の1〜3が決まったら、その内容に合わせて研修を組み直しましょう。新しい研修では、今回決めた「AIを使う仕事」「入れてよい情報」「決める人と確かめ方」を具体例として盛り込み、従業員が自分の業務にどうAIを適用できるかをイメージしやすくすることが重要です。
AIに関するルールは、一度作ったら終わりではありません。技術の進化や業務の変化に合わせて、直す人や見直す時期も決めておきましょう。
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よくある質問(FAQ)
Q1. 無料版のAIで始めてもいいですか?
A1. AIに入れてよい情報の範囲を会社として決めているのであれば、まずは無料版で試してみることは可能です。ただし、機密性の高い情報やお客様の大事な情報を入れる仕事には、会社として利用を認めた環境を整える必要があります。入力した内容がAIの学習に使われるかどうかは、サービスの設定や契約によって扱いが違うので、使う前に確かめましょう。
Q2. 情報漏えいが心配なので、いっそ禁止にした方が安全ではないですか?
A2. AIの利用を全面的に禁止するという選択肢も理論上はありますが、東京商工会議所の調査では、生成AIの使用を禁止している中小企業はわずか1.0%でした。禁止したあと、本当に誰も使っていないかを、会社として確かめられるでしょうか。
Q3. ルールを作れば使われるようになりますか?
A3. ルールを作ることは重要ですが、それだけでは十分ではありません。ルールに加えて、AIを使う具体的な仕事、利用を最終的に決める人、そしてルールを見直す時期まで決めておくことが大切です。
Q4. 社長がAIを使っていなくても進められますか?
A4. 社長自身がAIを深く使い込む必要はありません。しかし、「何のためにAIを使うのか」という目的設定と、「誰がAIの利用に関する最終決定者となるか」を明確に名指しするのは、社長の重要な役割です。
Q5. 研修はやり直した方がいいですか?
A5. もしこれまでの研修が、全従業員に同じ内容で実施され、自社の仕事の具体的な例を使った実践的な内容が少なかったのなら、研修を組み直す価値は十分にあります。ただし、その前に「どの仕事で使うか」「入れてよい情報の範囲」「決める人と確かめる人」を会社として明確にすることが先決です。
参考(一次情報)
- 東京商工会議所「中小企業のデジタルシフト・DX実態調査」(2026年6月17日公表)https://www.tokyo-cci.or.jp/page.jsp?id=1209648
- 総務省「令和8年版 情報通信白書」(2026年7月24日公表)https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r08/html/nd121120.html
- 帝国データバンク「生成AIの活用に関する企業の意識調査」(2026年5月14日公表)https://www.tdb.co.jp/report/economic/20260514-genai/
- 総務省・経済産業省「AI事業者ガイドライン(第1.2版)」「AI事業者ガイドライン活用の手引き(案)」(2026年3月31日公表)https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/ai_network/02ryutsu20_04000019.html
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